2017年9月10日日曜日

1976年度(昭和51年度)に東京大学理科第4問、文科第3問

ある中学生用の文部科学省の検定を通った教科書(!)の「正の数,負の数」の単元に、次のような簡単な計算題とそれに対する「模範解答」(!)が載っているということ、外国人の指摘で知った。
+17-(-25)+3+(-14)=-17+25+3-14
=(25+3)-(17+14)
=28-31
=-3
この教科書の記述は、おそらく、それぞれの変形が、「まず括弧をはずしましょう」「次に足し算部分と引き算部分に分けて括弧で括りましょう」「括弧内の足し算を計算しましょう」「正の2数の引き算を実行しましょう」という指導がなされることを期待しているのではないかと想像するのだが、括弧を「はずす」と「括る」の逆計算を最初に強いる教育上の無理もさることながら、「正,負の符号」や加法(足し算,引き算)の数学的な定義や演算規則の演繹を考慮すると、上の「解答」は「模範的」とは程遠いといわなければならない。
最もまずいのは、冒頭の-17が2行目の変形でいきなり-に続く括弧に入れられていることに象徴されるように、-記号が「負の数の符号」と「引き算の記号」の2つの意味を混同して使われていることである。この混同は、《やっても構わない》ことを証明することができるので、十分理論に熟達したら、細かいことにこだわらずに処理して構わないのであるが、その理論的な証明は、少なくとも正の数、負の数を学ぶ中1の初学者にはかなり難しい。同様に、記号+も、「正の符号」と「足し算の記号」としばしば混同されるが、「正の符号」としては、省いても差し支えがないという理由で、上の模範解答では省略されているのであろう。高校生には少し難しすぎるが、《現代数学的に自然数から整数を構成する》ときには、厳格に区別されるものである。
そこまでは厳密に運ばないとしても、上と同じ変形を、中学生レベルでも納得できる程度にホンの少しきちんと表現するだけで、次のようにすっきりする。
-17-(-25)+3+(-14)
=(-17)+(+25)+(+3)+(-14) (引き算を足し算で表現)
=\{(+25)+(+3)\}+\{(-17)+(-14)\} (足し算についての交換法則の適用) =(+28)+(-31) (同符号の2数の加法計算)
=-(31-28) (異符号の2数の加法計算)
=-3 (引き算計算)
いうまでもなく、ここで、3個以上の数の加法を複雑な括弧を省いて数を述べて書いてよいというところで、加法についての結合法則が使われている。
しかし、最近の日本では、検定教科書すら上のようなものを模範解答としているということは、「よくできる」中学生にすら、下のような厳密な理解が要求されることはない、ということである。国民全員に対する教育という観点からすれば、理論的にしっかりと理解できなくても、正確に計算できさえすればよいという考え方もありうる。しかし、論理はさておき、素早く答えに達するのを模範とするようで、いかにも「結果さえ出ればそれでOK」という現代の風潮を象徴しているようで哀しい。才能ある若者も存在するであろうから、そういう人にはホンモノに近いものを与えたい。
1976年度(昭和51年度)に東京大学理科第4問、文科第3問の旧課程用として出題された問題を取り上げよう。
xy平面上に3つの円A,B,Cがあって、それぞれ
A:x^2+y^2=9,B:(x-4)^2+(y-3)^2=4 C:(x-5)^2+(y+3)^2=1
で表される。この平面上の点Pから円A,B,Cに接線がひけるとき、Pからそれらの接線までの距離をそれぞれ\alpha(P),\beta(P),\gamma(P)とする。このとき、\alpha(P)^2+\beta(P)^2+\gamma(P)^2=99となる点Pの全体が作る曲線を図示し、その長さを求めよ。
一般に、「方程式(x-a)^2+(y-b)^2=r^2(a,b,rは実数の定数でr>0)が点A(a,b)を中心とする半径rの円を表す」というのは、座標平面上の点集合\{(x,y)|(x-a)^2+(y-b)^2=r^2\}がこの円であるという意味である。集合を表す記号としては、\{(u,v)|(u-a)^2+(v-b)^2=r^2\}などと書いても全く同じものであるが、高等数学では、分かりやすさのために(?)座標平面とxy平面とが同一視されて指導されているようだ。
さて、この円Cに対し、その外部にある点Pから引いた接線を考えるとき、高校レベルではしばしばP(x,y)と表現されることが多い。しかしながら、このx,yと上の方程式に現れるx,yとを混同するとひどいことになるので、以下ではとりあえず、P(X,Y)としっかり区別することにしよう。この点Pから円に引いた接線の接点の1つをQとおくと、接点において接線と半径が直交する円の接線の性質にピュタゴラースの定理を適用して得られる関係
PQ^2+AQ^2=PA^2
から、接線PQの長さの平方は
PQ^2=PA^2-AQ^2=(X-a)^2+(Y-b)^2-r^2
と表される。この右辺が正にあることが、点Pから円Cに接線を引くことができるための条件であり、それは点Pが円Cの外部にあることと同値である。
この結果は、Pの座標を敢えて混同して(x,y)で表すと、
PQ^2=(x-a)^2+(y-b)^2-r^2
となり、円Cの方程式の右辺を左辺に移項したときの左辺そのものになる。普通の高校生なら、このようにいわれると奇妙な気分になるに違いないと思うのであるが、少し考えれば必然性があることに気づく。すなわち、円外の点O(x,y)に対しては、(x-a)^2+(y-b)^2-r^2が円Cに引いた接線の長さの平方、方冪の定理によって言い換えると、Pから円に引いた任意の割線の円との交点Q_1,Q_2を用いて表される点Pの円Cに対する冪と呼ばれる量PQ_1\cdot OQ_2を表し、他方、円Cとは、この立場に立ってみれば
(x-a)^2+(y-b)^2-r^2=0 すなわち、円Cに引いた接線の長さが0になるような点(x,y)の全体として捉えることができる、ということである。
以上のことを知っていれば、本問は、3円A,B,Cに対する冪の総和が定数99となる点の軌跡を求めるという主題の問題であることがすぐに分かるが、「知っていると得をする」と思われる知識は、ここでは全く必要がない。つまり、点Pから与えられた3つの円A,B,Cに接線が引けるのは、
点Pが3つの円の外部にある\cdots(\ast)
ときであり、そのとき点Pの座標(X,Y)とおくと、
\alpha(P)^2=X^2+Y^2-9,\beta(P)^2=(X-4)^2+(Y-3)^2-4,
\gamma(P)^2=(X-5)^2+(Y+3)^2-1
となる。したがって、
\alpha(P)^2+\beta(P)^2+\gamma(P)^2=99
とは
(X^2+Y^2-9)+\{(X-4)^2+(Y-3)^2-4\}+\{(X-5)^2+(Y+3)^2-1\}=99
すなわち、X^2+Y^2-6X-18=0
となることである。よって、このような点(X,Y)全体の集合\{(X,Y)|(X-3)^2+Y^2=27\}、すなわち「xy平面上、方程式(x-3)^2+y^2=27の表す円」Dの弧のうち、条件(\ast)を考慮した部分が求められるということになる。円Dは円Aと(-\frac{3}{2}\pm\frac{3\sqrt{3}}{2})の2点で交わり、円B,Cは円Dの内部に含まれるので、円Dのうち円Aに食い込んでしまうこの2点を両端とする中心角\frac{\pi}\3}の部分を除いた優弧が求められるもので、その長さは\sqrt{27}\times\frac{5\pi}{3}=5\sqrt{3\pi}である。
ところで、この手の問題では、最初は(X,Y)を使っていても、それが最後に(x,y)と書き換えることになるなら、最初から(x,y)を使った方が得だといわんばかりの解答が模範解答として提示されることが多いように思う。しかし、《論理》よりは《経済》,《エレガンス》よりは《損得》を優先することは、高校生な全員にとっての「模範」とするのは少し寂しいように思うのだが、どうだろう。

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